大判例

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大阪高等裁判所 昭和34年(ツ)20号 判決

上告人 村沢政吉

被上告人 森下省太

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

記録によると、原裁判所は上告人(申立人)と被上告人(相手方)との間の京都簡易裁判所昭和三二年(ユ)第四七五号土地建物賃借権確認等調停事件の調停調書について昭和三三年八月一一日同裁判所がした更正決定に対し被上告人から即時抗告の申立をしたところ、原裁判所はこれについて決定の形式をもつて裁判をすべきであるにかかわらず、昭和三三年一〇月二四日判決を言い渡したことが認められる。したがつてこれに対する本件上告は適法であるというべきところ、がんらい決定で裁判すべき事項について言い渡された判決は違式であるけれども、決定がなされたと同様の効力を有するものであつて、判決で裁判すべき事項について決定をした場合とは異り、前者の違式そのものによつて当事者はなんらの不利益を被ることはなく、かつそれは決定の手続の違背ではないから、その違式そのものはとがめるに及ばないものというべきである。したがつて違式そのものを理由として判決を取り消すことはできないと解するのが相当である。そうでないとすると、決定で裁判すべき事項について自己に有利な違式の判決を受けた者も、独立して上訴の申立をしなければならないことになり、不当な結果を生ずるであろう。

上告人代理人一ノ宮直次の上告理由について。

原判決は、次のように事実の認定をし、かつ判断をしている。上告人は、頭書記載の調停事件をもつて、被上告人を相手方とし、(一)被上告人所有の別紙物件目録記載の土地のうち被上告人居住の建物とその裏庭計二二坪を除いた部分(以下本件土地という。)及び同記載の倉庫(以下本件倉庫という。)について上告人が賃借権を有することを確認すること。(二)本件土地のうち右事件調停調書添付図面(別紙図面)表示(イ)の斜線部分の土地すなわち被上告人居住の建物の裏庭の西方約四坪について被上告人がその北側と西側とに造作した板囲を撤去し同部分の土地を明け渡すこと。(三)本件土地のうち同図面表示(ロ)の斜線部分の土地すなわち本件倉庫の周辺空地の東北隅にあたる部分約三坪に被上告人が置いてある古木材等を収去することを求めて調停の申立をした。その結果、双方の間に「(1) 被上告人は上告人に対し本件倉庫を引き続き以下の条件によつて賃貸する。(2) 賃料は昭和三三年一月一日より月額一〇〇〇円とし毎月末日限り上告人より被上告人住所に持参支払う。(3) 〈省略〉。(4) 被上告人は上告人に対し前示図面表示(ロ)の斜線部分の使用を認める。(5) 被上告人が前示図面(イ)の斜線部分に板囲を設けたことを上告人は容認する。(6) 〈省略〉。(7) 上告人が賃借物を転貸又は改造したとき、あるいは(2) の賃料の支払を二回分以上怠つたときは、本件賃貸借契約は当然解除となり、即時上告人は被上告人に対し本件倉庫を明け渡す。」旨等の調停が成立した。上告人は、右賃貸借の目的物が本件倉庫と本件土地とであることを明白にするため、前示調停条項(1) 、(7) のうち「倉庫」とあるのを「物件」(本件倉庫及び本件土地)と訂正する旨の更正決定の申立をし、京都簡易裁判所は右申立を相当と認めてその旨の更正決定をした。ところで右調停調書添付図面(別紙図面)には、本件倉庫周辺空地個所に「申立人賃借地」の記載があるけれども、右図面は調停申立書添付の図面をほとんどそのまま書き写したものであるし、調停条項(2) の賃料額からは直ちにそれが本件倉庫の賃料のほか本件土地のそれを含むものであることが明白でない。本件倉庫と被上告人居住の建物とが本件土地を含む被上告人所有の一筆の土地上にあるばかりでなく、一般に建物の賃借人は建物の使用に必要な範囲で当然その周辺の敷地を使用することができるのであつて、特にその周辺の敷地を賃借することはないのが通例である。したがつて調停調書や従来記録にあらわれた資料によつても、本件土地が賃貸借の目的物に含まれていることを知ることができず、「本件倉庫」とあるのは「物件」の明白な誤りということはできない。

以上のように原判決は事実を認定し、かつ判断しているのであるが、原判決挙示の証拠によると右事実を認定することができるのであつて、その判断は相当というベきである。

所論は、結局原判決の認定しない事実を前提として原判決を攻撃するものであり、所論更正決定の申立は、本件調停調書の表現の過誤や不適当を訂正補充することに関するものでなく、その条項の実質的内容に関するものであつて、更正の限界をこえるものである。所論は採用することができない。

そこで民訴法三九六条三八四条九五条八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

図〈省略〉

物件目録

京都市東山区今熊野池田町五十七番地の五

一、宅地 参拾八坪参合

同町五十七番地の一

家屋番号 同町五十一番

一、木造瓦葺平家建 倉庫 拾弐坪参合

上告理由書

前審判決には法令の解釈を誤つた違法がある。

一、物件目録並に附図が調停条項と軽重なく之と一体を為し調停の内容を為すものであることは言を俣たない。

然るに前審判決は物件目録並に附図が調停申立書添付の物件目録並に附図と同一であり、上告人の作成提出に係るところから申立書添付のそれを単にそのまま別の用紙に書写したに過ぎないと認定し、調停調書作成に当り右「申立人賃借地」なる文言や本件土地の併記につき格別の意義を考慮していたものか否かを窺い知ることが出来ないとなしたことは調停の実際を深く観察しないことに基く誤認である。

(1)  本件調停の成立した調停委員会には調停委員は勿論双方本人並に双方代理人も各出頭してゐる。

調停成立に際し調停主任裁判官が調停申立書添付のものと同一の物件目録及び附図を便宜、上告人より提出方申出て関係者一同之を了承したので上告人より提出するに至つたものである。

抑々本件調停申立の理由は申立書記載の通り被上告人がその居宅の裏庭を拡張すべく従来の板塀を取除いて上告人の賃借占有に係る(イ)の土地を侵奪してその西及び北の端に板囲を施したので従来小型荷物自動車、荷馬車の通行が出来た倉庫への通路が辛じて荷車が通行出来るに過ぎない状況となり(更に昭和三十三年九月七日(イ)地を約二坪五合拡張した為現在では漸く人が出入し得る限度となり車馬の出入は全く出来ないことになつて倉庫の使用を著しく困難ならしめてゐる)又(ロ)地に被上告人が家屋増改築により生じた古木材を積み置き上告人の出入を困難ならしめたので原状回復と爾後斯る強引な不法行為なからしむることを目的として為されたものである。

従つて調停の経過より、若し土地を除き倉庫のみの賃貸の調停が成立したものなれば調停主任裁判官は上告人に対し、物件目録に本件倉庫と併記されてゐる本件土地を、又附図に記載しある「申立人賃借地」なる文言を何れも削除した物件目録並に附図の提出を求めたであろうし、又調停委員達からも異議の申立があつたであろう、然るに本件調停調書作成に当り右の様な事実がなかつたことは本件土地を含む調停が成立したが故である。

(2)  前審判決は

本件の場合は同一土地上に上告人賃借の本件倉庫とともに被上告人占有の居宅が存在しているのであつて本件倉庫の賃貸借が当然本件土地の賃貸借をも含むものとなし得ないというのであるが

抑々被上告人占有の居宅は調停申立書の申立の原因に記載してある通り、上告人が本件倉庫と共に米原悳なる者より賃借してゐたが昭和十九年十月被上告人より転貸方を懇請されたので当時上告人の三子が何れも出征してゐたところから賃貸人の同意を得てその居宅を附属宅地二十二坪と共に転貸した。ところが昭和二十三年十二月被上告人は右居宅並に倉庫を前記米沢から、又其の後宅地六十坪三合をその所有者であつた藤井源次郎から買受けた為に上告人は遂に目録記載の物件を被上告人より賃借する結果となつた。

右被上告人占有の宅地は右記居宅の敷地とその西方の板塀を以て判然と区劃された二十二坪であり、被上告人は宅地及び建物の全部を買受けた後も長年月間上告人の賃借占有の土地を侵害することはなかつた(本件土地は両者の共同使用地ではない)のであるが昭和三十二年五月下旬被上告人が居宅の増改築を為すため(イ)土地を侵奪し且つその頃為した増改築により生じた古木材を(ロ)地に積み置くに至つたので上告人が原状回復の請求を為したが被上告人は之に応ぜざるのみか倉庫の転貸事実もないのに転貸したとの虚構の口実を設けて賃貸借解除を主張する等理不尽な態度に出たので調停申立を為すに至つたのである。

従つて本件の場合は上告人と被上告人の占有土地建物の範囲は判然としており、限界の判然しない同一土地上の一部建物を賃貸した場合とその選を異にするのである。前審判決はこの重要な事実の認識を誤つてゐる。

(3)  上告人が被上告人を相手方として調停を申立てた原因は調停申立書に詳記し本理由書にも前に略記した通りで右調停は申立の趣旨に基いて行われた

賃貸借物件の範囲については従前通り上告人の主張を認めることになつたが被上告人の上告人に対する占有侵害の措置として

(イ) 上告人は被上告人が図面(イ)の部分に板囲を設けたことを容認しその撤去を求めない。

(ロ) 図面(ロ)の部分に置きある古木材は被上告人がこれを収去して上告人の使用を妨げない。

その収去期限については上告人は、被上告人の必ず収去するが暫くの間待つて欲しいとの希望を容れ特に定めを為さない。という合意が成立したが、その際(ロ)部分には倉庫ヘの通路出入口の戸に併行して板塀があり、又雨水を避ける為の屋根等構築されてゐるが右構築物が右土地の使用に不便の点もあり、且つ甚しく腐朽してゐるので上告人の要求により被上告人がその改造を認めることになつた。之を条項化する際上告人自身より、当分古木材等積置の儘だから後日被上告人がその使用権を主張すると困るから右(ロ)の部分も賃借範囲内であることを明かにして置いて欲しいとの要求があり、前記改造承認と共に念の為にと調停調書第四項前段が定められたのである。

その措辞等適切を欠くの遺憾はあるが調停条項及び物件目録並に附図等を綜合的に観察すれば本件調停には本件土地をも含めて賃貸借に関する合意が成立したものと認定すべきものである。

二、以上の記述により明かならしめた通り本件調停条項第一及び第七項に「倉庫」とあるは本件土地を含めた「物件」と表示すべきを誤つて単に「倉庫」と記載されたものであること明かであるから原更正決定は正当である。

従つて原決定主文第一項の部分を違法として取消し徒らに調停調書の内容を不明確ならしめた前審判決は民事訴訟法第百九十四条の解釈を誤つたものであつて同法令違反に該当するから破棄を免れないものと思料する。

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